勝負師 生態研究@侍‐ジャポン

相撲、野球、五輪、将棋など「現代の侍」「勝負師」たちの "ホンマでっか !?” な逸話集

葉室 鉄夫(水泳)ベルリン五輪

日本の金メダル物語(14)

1936年ベルリン大会

水泳・男子200m平泳ぎ
葉室 鉄夫

 手のかきは現在のバタフライで、足のかきはカエル足という泳法が平泳ぎとして正式に承認されてから初めての五輪。ヒギンズとゲスレー(米国)、バルケ(ドイツ)といった選手が新泳法で挑んだ過渡期にあって、鶴田義行から続く「平泳ぎニッポン」の伝統を守ったのが、18歳の葉室鉄夫だった。

過渡期の大会でニッポンの伝統死守 

 従来の泳法で臨んだ葉室は、45m付近で先頭に立つと、180m過ぎでジータス(ドイツ)に抜かれたが、ラストで抜き返して1着でゴール。

 美しく無駄のないフォームで、28年アムステルダム大会、32年ロサンゼルス大会を連覇した鶴田に続く、この種目での日本選手の3連覇を達成した。

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 体力、気力を使い果たした葉室は、ゴール後しばらく水面に浮いたままで動けなかった。葉室はその時のことを「息ができないくらい苦しかった」と述懐している。前回ロサンゼルス大会銀メダリストの小池禮三が銅。

 競技日程が最高のリズムを生み出した。予選から決勝まで3日間をかけて行われた五輪は、福岡・中学修猷館時代から3日間の試合に慣れていた葉室にとって幸いした。予選で頑張り、準決勝で流し、決勝で好タイムを出すパターンで、優勝をもぎ取った。

 同じ浜寺水練学校出身の妻・三千子さんも、代表選考会で前畑秀子(女子200m平泳ぎ金メダル)と競った元平泳ぎ選手で、後年マスターズ水泳で世界記録を作り話題になった。娘のカヤ子さんも64年東京五輪の代表候補に入った水泳一家。

 自身は2005年、88歳で亡くなる日の朝もプールにいたという。まさに、水の申し子だった。

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